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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)9480号 判決 1971年3月31日

原告

下野順一郎

被告

住友金属工業株式会社

代理人

田中治彦

田中和彦

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

原告が商法第二一条第一項および第二項本文の規定により被告の商号使用の差止を請求し得るかどうかについて判断するに、同条第二項本文において「利益ヲ害セルル虞アル者」とは他人の営業と誤認される商号の、当の被冒用者をいうものと解すべきところ、原告は、その氏名を被告により冒用されたというのではないことがその主張上明らかであるから、同条にもとづく差止請求は、主張自体理由なきものとして、棄却すべきものである。

つぎに、損害賠償請求について判断するに、商法第二一条第二項但書には「但シ損害賠償ノ請求を妨ゲズ」とあるが、これは、同項本文を受け、差止請求権者は不法行為にもとづく損害賠償請求をなし得ることを注意的に規定したものと解すべきであるから、原告が同項但書で予定された者に該当しないことは明らかである。しかしながら、被告の行為が民法第七〇九条に該当する限り、商法第二一条第二項但書で予定された以外の者が不法行為を理由として損害賠償の請求をしうることも当然である。

ところで、原告が権利侵害行為として主張するのは、被告が不正の目的をもつて我が国において広く知られた訴外会社と同一の商号、目的をもつて設立登記され、その商号を現に使用していることおよび右のような紛らはしい商号を使用している結果、原告が訴外会社に対する意思で誤つて被告に対し労働契約の解除通告をしてしまつたのに、何らこれを訂正することもなく放置したということである。

しかしながら、被告が我が国において有名な訴外会社と同一の商号を登記し、これを使用したからといつて、直ちに不正の目的ありとは推定し得ず、特に被告が原告をして訴外会社なりと誤信させてこれを利用したという事実についての主張も立証もないのであるから、たまたま訴外会社の被用者たる原告が誤信したからといつて、民法第七〇九条にいう原告の権利を侵害したとの要件に該当する事実を肯認することはできないというのほかはない。また、原告が被告に対し誤つて解除通告をした際、被告が原告に対してその誤信を訂正せしむべき作為義務があるともいえない。

したがつて、その余の判断をするまでもなく、不法行為を理由とする原告の損害賠償請求も、失当として棄却を免れない。

よつて、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。(荒木秀一 高林克己 宇井正一)

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